青山夕香のブログ「モテる!コミュニケーション」


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青山夕香の『前へ前へ』4

カテゴリ: コラム 2008/6/3 火曜日 23:37:51

落ちた。

「いいや、別にダメもとで受けたんだし」そう思って会場を後にしたものの、生まれて初めて本当に本当に悔しいと思った。

帰り道、悔し涙がこみ上げてきた。

「どうして自分はダメなんだろう。なんでなんでなんで受からなかった?どこがダメなんだろう。どうしたらいい?」

人一倍プライドだけは高かった。ひとの話なんて聞きたくなかったし、アドバイスなんてまっぴらごめんだった。

でも、生まれて初めてそんなくだらないちんけなプライド全部捨ててやると思った。捨てなきゃダメだと思った。

真剣に自分を変えたいと思った。

1999年度ミスさっぽろのひとり青山愛さんに、精一杯の勇気を出して話しかけてみた。

私  「青山愛さんですか?あの、ミスさっぽろの」
愛さん「はい。そうですが。」
私  「あの、お聞きしたいことがあるんです。
    ミスさっぽろになりたいんです。
    どうしたら合格できるんですか?
    お願いします!!!教えてください!!!」

何度も何度も頭を下げてお願いをした。愛さんはにっこり笑って「喜んで」と言ってくださった。

教わったことは3つ。簡単なことだ。全員が絶対にできる。

・笑顔で人と接すること。
・笑顔で人の話を聞くこと。
・笑顔で人に話しかけること。

これを毎日意識をして行うということを教えていただいた。

『笑顔』を意識するということ。誰でも簡単にできるけれど、完璧な笑顔の達人なんてなかなかいない。

自分の笑顔に自信を持たなきゃ。自分自身にも自信を持たなきゃ。自信を付けるために何をする?

とにかく自分を変えたいと必死で考えた。考えて考えて考えまくってやってみたことは真っ白い紙にやりたいことや変えたいことを思いつくだけ書いてみた。

●改善したいところ
1、メイクの仕方がわからない
2、似合うへアースタイルがわからない
3、どんな服が似合うかわからない
4、オシャレの仕方がわからない
5、きちんとした話し方がわからない
      (省略)

33個も出てきた。33個全部やってやると覚悟を決めた。

●アルバイト
・深夜のセブンイレブン
・コンサートホールのウエイトレス
・居酒屋スタッフ
・ティッシュ配り
・塾の講師
・キャンペーンガール
・ディズニーストアキャスト

7つのアルバイトを掛け持ちし稼いだお金をとにかく貯めに貯めて自分改造計画を実行した。

●改造計画
・ロングヘアーをショートにし、金髪メッシュに
・洋服も持っていたものをほとんどをリサイクルショップに売り
 カラーアドバイスを参考に買い変えた
・5回コースのメイクを習った
・英会話を半年習いに通った
・アナウンススクールで話し方を習った
・歩き方を習うためにモデル事務所に入った
     (省略)

とにかく自信がない分野を片っ端から習い、通い、アドバイスをもらい少しずつ変わってくる外見に自信が持てるようになり自然な笑顔も難しくなくなっていった。

がむしゃらに改造計画をしていって1年が過ぎた頃2000年度ミスさっぽろの審査会が近づいてきた。

でも、何かが足りない。 まだ受ける資格がない気がする・・・

「どうせ受けるならぶっちぎり1番で合格してやる!!」

あと1年、ミスコンのためだけの勉強をすることに決めた。

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青山夕香の『前へ前へ』 3

カテゴリ: コラム 2008/5/26 月曜日 22:54:01

 『1999年度ミスさっぽろ募集』

私「受かるわけないでしょ!」

母「やってみなきゃわからないでしょ!」

私「落ちるに決まってる!!」

母「挑戦しないで逃げるのかい!」

悔しかった。自信がないブサイクな自分を変えたいと思った。今の自分と戦ってみようと思った。

1999年度ミスさっぽろ選考会場はロイトンホテルで行われた。とにかく寒い冬の日だった。会場にはすでに100人を越える女の子たちが集まっていて、みんなピッカピカに輝いて見えた。

真っ黒のスーツに束ねることのないロングヘアーのままほとんどすっぴんで会場に行った。メイクの仕方もスーツの着こなし方も髪型も本当に何をどうしていいかもわからないままとにかく会場に着いた。

一次審査は番号と名前、年齢、現在通っている学校や職業を言い、あとは歩き方の審査が行われるだけ。一体コレだけで何がわかるのかと思った。歩き方なんてどうすればいいの??

審査員の先生は、航空関係の支店長、マナー講師、着付けの先生、お茶の先生、アナウンサー、札幌観光協会のトップの方をはじめ存在感があるスゴイひとばかり・・・。

「29番。あ、私は、あの、青山です。青山夕香です。藤女子1年です。」←(下を向いたまま)

誰も私のことなんて見てくれていなかった。

惨敗。

2次審査に合格するのは300人から20人。

私の番号が呼ばれることは無かった。

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青山夕香の『前へ前へ』 2

カテゴリ: コラム 2008/5/25 日曜日 0:53:46

整形外科病院を何十箇所と調べ、まわり、 私でもすっごい美人になれるということを知った。そして絶対に整形をして綺麗になって自信を持ちたいと思った。

アルバイトをして貯めた40万を握り締めて行ってみたある病院でカウンセリングを受けることになった。「私、顔を変えたいんです。もっともっと綺麗になって自信を付けたいんです」

病院の先生は「目の切開をすれば二重がもっとくっきりになるよ」とか「鼻を高くすればかなり印象が変わってくるね」など説明してくれた。

手術日も決まった。あとは変わるだけ。そう信じて待つだけ。

手術の日は刻一刻と近づいてきた。手術まで1週間前のある日、自宅に電話がかかってきた。なんだかわからないけれどまた病院に行くことになった。カウンセリングをしたいということだった。

衝撃的だった。「青山さん、今回の手術やめようか」と言われたのだった。「君の顔を変えるのは間違いだと思うんだ。君は顔のブスじゃない。心のブスだ。もっと自分に自信を持って。自分にさえ自信が持てれば、絶対に顔を変えなくて良かったと思える日が来るから」

今でこそ、あの先生に心から感謝をしています。でも、当時の私はただただ断られて希望がなくなってとにかく悲しかった。

母は「自信を付けたいのならコレに挑戦してみたら?」と新聞広告を持ってきた。

それが『1999年度ミスさっぽろ』募集要項だったのだ。

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青山夕香の『前へ前へ』 1

カテゴリ: コラム 2008/5/23 金曜日 10:32:33

・2001年度ミスさっぽろ

・2002年度宝くじ幸運の女神

・2002年度ミス日本北海道地区代表

・2004年度ミス日本北海道東北地区代表

を経て、パソコン操作まったくできず原稿なんて書いたことも無く新聞読むのなんて大嫌いだった私がとにかくがむしゃらで売り込んで使ってもらえたスポーツニッポン新聞のライターという仕事。

・「青山夕香の耳を澄まして」

・「北海学園大学物語~頑張ってる君たちにエール」

・「青山姉妹が直撃!北のリーダー」

・「青山夕香の限定グッズ」連載

そして、大学講師になった24歳

・北星学園大学短期大学部英文学科コミュニケーションスキル

・札幌大学経営学部特別講義

・札幌大学女子短期大学部英文学科サービス接遇演習

・日本ビジネススクールキャリアアップレッスン

・札幌医療科学専門学校バイオサイエンス科ビジネスマナー演習

ラジオパーソナリティーオーディションでフリートークをしてほしいと言われ、「コレっきゃない!!」としゃべり倒した『北斗の拳』。見事合格したFM北海道AIR-G「ラディメルカート」キャスター。

JTBのベストフロム北海道
・「青山夕香の温泉大好き!」http://www.bfh.jp/special/19/070110/
・「女の子だよ、全員集合」http://www.bfh.jp/special/22/070110/

個人事務所「青山プロダクション」設立後、「元ミスさっぽろ青山夕香のモテる!コミュニケーション」出版。08年4月に当ホームページ完成。

今日から、なぜミスコンテストにそこまで夢中になったのかを連載していきたいと思います。

私がなぜミスさっぽろを目指したのか。それは、母の影響が大きかった。高校までとにかく自分に自信がなくて友達もそれほど多くなかったし、自分のことが嫌いだった。

クラスに何人もいた「かわいい女の子」を見ては「いいなぁ。私もあんなかわいい顔してたらな」
と思っていた。そして絶対に自分から声をかけるなんてことはしなかった。したくなかった。

高校2年生のとき母からこう言われた。「実はね、昔ミスさっぽろに応募したことがあるの。でもね、最終審査まで残ったのに落とされたんだよね。悔しかったなぁ。もう一度挑戦すれば良かったよ」

ミスさっぽろ??

ミスさっぽろなんていうものがあるんだということをそのとき初めて知った。そんなものに、母が挑戦したという事実にもびっくりした。

北海道札幌藻岩高等学校を卒業した後、密かに整形手術をしようと思っていた。とにかくかわいくなりたいと思った。皆からうらやましがられる存在になりたいと思った。みんなに認めてもらいたいと思っていた。

高校卒業後、行きたかった第一志望の大学落ち、短期大学にすすんだもののしっくりこない。とにかく今のさえない自分を変えたくて変えたくていくつかの整形手術の病院に連絡していた。

アルバイトで貯めた40万円のお金を持って10カ所以上の整形外科病院をまわった。

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